『神さまへの決断』

 

 

学生時代のことです。私は未信者の家庭で育ったのですが、神さまの憐れみによって救われ、洗礼を受けてクリスチャンになりました。しばらくの間、教会に行くことや洗礼を受けたことについて家族からは特に反対は受けなかったのですが、ある時突然、私がクリスチャンとして歩んでいることを面白く思っていないというようなことを言われました。急なことだったので、どう対応して良いか分かりませんでした。しかもクリスチャン生活を続けるのなら、別々に生活をするということも言われました。要は、家から出て行きなさいということでした。その時、とっさにこんなことばを私は言いました。「分かった。この家から出て行ってこれからは一人で生活する。神さまはどんな時でも私を助けてくださるから」と。その日の夜、自分の部屋で祈りながら寝ました。「神さま、明日私はこの家を出て行かなければいけません。お金もありませんし、行くあても今はありません。どうしていいか分かりません。でも、神さまが助けてくださることを信じます。」と。

 

 

 

翌朝になって、台所で家族と会いました。心の中で、「ああ、これで最後だ。もう、会うこともないかもしれない」と思いつつ、最後に何を話したらいいかを思いめぐらしていました。すると家族のほうから、しかも笑顔で「昨日はあんなこと言ったけどさぁ、これからも仲良くやっていこう!」と言ってきました。あまりにも急な展開だったのでびっくりしましたが、思わず、「そうだね、そうしよう!」と言いました。おかげさまで、家を出て行くこともなく、家族と仲たがいすることもなく、クリスチャン生活を続けることができました。

 

 

 

それから大分時を経て・・・今から5年前のことですが、献身の歩みについてどうしても家族に話をしなければいけない状況になったので、そのことを話しました。反応はどうだったか?と言うと、良い顔はされず、ダイレクトにではなかったものの反対されました。ただ、私は家族に反対されようと、最悪今の生活を失うことになったとしても、神さまに従っていくことを決意していました。「少し考えさせて」と言われ、何日か過ぎて・・・「とりあえず、このままの状態でやっていこう。そのことを受け入れたわけではないけど、あなたの希望通りにしてみよう。もしそれでダメだったり納得がいかなかったら、その時に考えよう」と言われました。先のことは分かりませんでしたが、すべて神さまに委ねることにしました。すると・・・その間、紆余曲折はありましたが、私が神さまに仕えることができるような方向性に、神さまは徐々に導いてくださいました。そして今でも日々、神さまは私のことを支えてくださり、助けてくださっています。ハレルヤ!感謝です!!

 

 

 

 

 

主のみわざに心から感謝なのですが・・・さて、この二件の出来事を通して、神さまからの語りかけを私なりに受けました。こういう体験をすべてのクリスチャンがするかどうかは分かりませんし、人間的にはあまりあっては欲しくないと誰もが考えると思いますが・・・最近よく証をしているように、神さまはお一人一人のクリスチャンの「本音」というものにいつも目を留めている方なのだなぁということをしみじみ思わされます。上記のことは、いずれも私にとって究極の選択でした。神さまを取るのか?あるいは人の意向を優先するのか?のいずれかのものでした。証ではサラッと書きましたが、実際には悩みに悩み、祈りに祈りを重ねるほどに、その時はとても必死でしたし、真剣でした。その結果、「ダメもとで神さまに従っていこう、きっと主が何とかしてくださる、神さまを優先することなのだから」という決断を最終的にすることができました。もしかするとすべてを失ったり、人間的には不利な状況になるかも知れない、それでも良い、神さまさえ失わなければ・・・と、決意した結果、思いもよらない方向、しかもベストな方向に神さまは私を導いてくださり、助けてくださったのです。神さまへの信頼は、なんと大切なことなのか?ということを自分自身の実態を通して、目の当たりにした出来事でした。これからもきっと、別のケースで同じような試しが神さまの御手の中で許されていくと思いますが、その時々、神さまを第一優先できるようにしていきたいと思います。「試し」に関して・・・ことに「どっちを選ぶのか?」なんていうことは人間的には喜ばしくはありませんが、一にも二にも神さまを信じていきたいと、こんな風にタイプをしながら益々そのように思いました。

 

 

 

また、神さまを信じようかどうか、あるいはイエスさまを主として救い主として受け入れてみようかどうか迷っている方がいましたら、ぜひ、神さまを信じて受け入れてみてください。もしくは、献身の歩みをしたいけれども、家族やその他諸々のことを考えるとなかなか踏み出せないと思われている方においても、神さまを信じて思い切って従ってみてください。・・・周囲の人たちから反対されたり、あるいはそのことによって一時的に人間関係を失ったりしてしまうなんてこともあるかもしれませんが、神さまを選ぶなら、決して後悔することはありませんし、後になってすべてのことは益に変えられますので、しかも必要な助けや守りは必ず与えられますので、そのことを信じて、そして勇気を出してぜひ、一歩ずつでも踏み出してみてください。いずれも、一にも二にも神さまのことを優先していくなら、祝福や恵みが約束されていますので、御心を感じましたら信じて実践してみてください。最後にひとつみことばを読んで証を終わりにしたいと思います。

 

 

 

29:25 人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。

 

(旧約聖書〔新改訳〕:箴言29章25節)